平成日本紀行

日本一周の旅の記録を、各地ごとにまとめ記載しています、

新・日本紀行(119)長崎 「大浦天主堂」


九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)



 新・日本紀行(119)長崎 「大浦天主堂」   、






https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/9c/Nagasaki_Oura_C1378.jpg/800px-Nagasaki_Oura_C1378.jpg





階段参道の上に毅然と建つ「大浦天主堂






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長崎はキリシタン受難の地であった・・! 、

長崎市の地域は山、坂の街であることは、小生の知識の中である程度は心得ていた。
改めて、長崎市を上部鳥瞰的に観ると町は変形Y字を逆さまにしたようにも見える。
Yの字の右側の線は、先端が長崎造船をはじめとする工業地、そして稲佐山斜面に沿って町並みが覗える。
Yの字の左側は、先端にグラバー亭のある大浦地区から県、市庁舎の在る市内で最も賑やかな長崎タウン、そしてY字形の下部がJR長崎駅から、浦上川に沿って先ほど訪れた原爆記念碑・平和公園のあるタウンであろう。 
無論、Y字の凹みは長崎港である。 

長崎の街の周囲は、ほぼ南北に並ぶ山並みに囲まれ、市の形状は全国的に見ても数少ない「すり鉢」状となっている。つまり市の中心部は三方を山に囲まれており、特に、住宅地の多くは山の斜面を利用しているようである。そのため「階段の街」、「坂の街」として有名である。この辺りは広島の「尾道」に共通しているようだ。


さて、次にY字下部の平和公園から、Yの字の左側先端の大浦地区へ向かった。
市営の松ヶ枝という立派な駐車場に車を預ける。それにしても駐車勧誘のおじさん、おばさんがチョッとしつこいくらいである。
平和公園でタクシーの運ちゃんが、小生の車のナンバーPを見て先ず驚き(相模・・・)、「市内を観光するには駐車場が無くて大変だよ・・!」と仰っていたが、どうもそうでもないらしい・・?。


例によって、石畳の品のいい坂道をおもむろに上ってゆく、両脇に長崎カステラをはじめよく飾りつけた土産屋さんが並んでいる。
そして、その正面に白で配し、ステンドグラスが綺麗な教会が階段の上部に悠然と立っていた。 そう、長崎には有名な天主堂がもう一つあった、長崎湾を見下ろす「大浦天主堂」である。女子学生が入館料・・?を何がしか払って堂内見学をするようである。

カトリックの教会堂で、日本最古の現存するキリスト教建築物(1952年に修理が完成)で、1945年の原爆投下で破損したが爆心地から比較的離れていたため焼失は免れたという。
国宝に指定された唯一の洋風建築でもある。



次回、「長崎・苦難のキリシタン、」

  
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