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平成日本紀行

日本一周の旅の記録を、各地ごとにまとめ記載しています、

平成日本紀行(156)日南 「鵜戸神宮」(1)

宮崎県


.『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/






平成日本紀行(156)日南 「鵜戸神宮」(1)  

鵜戸神宮の写真は次項に掲載します)







旅の記録;「日本一周」へリンクします

鵜戸神宮には神武天皇の父君が祭られている・・!!  、



日南・油津から宮崎への国道220は、道路沿いにヤシの木が整列に並んで南国っぽい雰囲気の海岸線であり、最高に気持ちいいロードである。 

程なくして「鵜戸神宮」への入口標識があり、案内に従って海岸沿いの細い道を行くことになる。 
波打ち際には怪異な波うつ岩盤が広がっている。 

小さな鵜戸崎灯台を右に見ながら、程なく社宮駐車場へ着いた。 
気がつくとこの社は、珍しく海岸の断崖の上に建つ神社らしい。鳥居に軽く会釈をして前へ進むと神門・石灯篭があり、その手前に藁(茅)で造作した「茅の輪」が設けられてある、茅の輪くぐりの輪であった。

茅の輪くぐり」とは、延命長寿や無病息災を祈る「大祓」の行事の一つで、「輪越祭」ともいい、古くから各地の神社で行われている。 
「大祓」はわれわれが日常生活の上で知らず知らずのうちに犯したり触れたりした罪・穢(あい:けがれること、けがらわしいこと)を祓い清める神事の一つで、一般に年に2回行われ、6月の大祓を「夏越の大祓」、12月の大祓を「年越の大祓」といいという。 

古くは飛鳥時代天武天皇の御代に始まったとされ、「すがぬけ」(ちの輪くぐり)の神事ともいわれて、その起源は、古事記風土記にも記され、神代の昔まで遡ると言われる。
ついては、この「鵜戸宮」は神代の宮であれば納得である。 

茅の輪くぐりは左、右、左と三回ずつくぐるようで、∞文字を描くことになる。 
実は神主さんが扱う“祓い串”(おはらい)と同じで、自分の身体を神主さんの祓い串に見立てて同じように「」の字を描くという事のようである。


ところで、「」は昔、(今でも・・)屋根を葺くのにつかわれた草木(チガヤ、スゲ、ススキ、ヨシ、アシなど)の総称で、一般に水茅、地茅に分けられ、特に、屋根葺きは産地や地方によって使い分けしているという。 

チガヤ」・地茅はススキが代表的で、原野や山地で群生する多年草で根茎は茅根といって薬にも用いられる。 
又、「ヨシ・アシ」などの水茅は湖沼や河川、湿原に群生して生息するイネ科の植物である。 

一面に生い茂るヨシ原は水辺に美しい景観を作るだけでなく、魚類や水生昆虫、水鳥たちにとっては大切な産卵、生息の場所でもあり、さらに、ヨシは一本で20リットルの水を浄化させる機能があるということが近年注目されている。 
昔の日本は、美しい“豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国”と呼ばれていた。

茅の輪」は、このような青草のもつ霊力をもって、日本古来の風習として悪縁を切り、厄を祓い、無病を祈る願い事に使われたのである。



神門から社務所を通って楼門に到ると華美な朱色の門は壮大で参拝者を迎える。 
手前左には「吾平山上陵」へと続く小道があり、小さな鳥居が並んでいる。 

宮内庁の管轄となっている吾平山上陵は、鵜戸神宮の祭神である鵜葺屋葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)の陵墓ということで、鹿児島県の吾平町にある吾平山稜から分霊されたものとされるが、、こちらが本物という議論もあるという・・?。

楼門をくぐって本殿へと向かう参道は、右手に日向灘を見下ろす断崖の上を辿るようになる。千鳥橋を渡り、さらに玉橋を渡ることになり、更に、灯篭が配され良く整った急な石段を下ると、本殿の建つ海蝕洞へと導かれる。 

なかなか巨大な海蝕洞窟で、朱色の華麗なる鵜戸神宮・本殿がすっぽりとその中に収まって鎮座しているのである。 
入り口には御札を取り扱う巫女の姿が真に慇懃清楚で、此方の方も気持ちが洗われるようだ。 
先ずは本殿に額ずいて、賑々しく謝礼参拝を行う。

眼下の波打ち際の磯辺には、二柱岩や亀石桝形岩といった奇岩怪岩が横たわり、その造形美にも目を奪われる。 
参道石柵の向こうは、直下の絶壁で打ち寄せる波濤が、これらの岩盤に砕け散って飛沫(しぶき)が足元へ飛来しそうである。 
太古の昔、初めてこの岬を訪れ、目にした人々はその奇観に畏怖し、神々の鎮座するところと思ったのも無理からぬことのように思える。


参道真下の岩場に亀の形をした「亀岩」というのがある(居る)。
その背の部分には注連縄(しめなわ)で囲まれた窪み(凹み)があり、それをめがけて願掛けの「運玉」を投げ入れ、見事に中に入れば願い事が叶うという。 

この亀岩は、ウガヤフキアエズの乳母として玉依姫がやって来た時に乗ってきた亀ともいわれ、背中の凹みは自然のものだという。 
運玉は五個ワンセットで男性は左手で、女性は右手で投げ入れ、一願成就、見事凹みに命中したら願い事が叶うという。


日本神話に語られる伝説を持ち、この地方の人々の信仰を深く集めてきた鵜戸神宮だが、太平洋を望む岬は景観も素晴らしく、境内の随所に見られる南国の植物も独特の風情を醸している。 

玉橋を渡って石段を降りた洞窟の周辺は、かつては霊域として神職以外の者の立ち入りが禁じられていた時代もあったという。
今では、宮崎県南部の観光名所のひとつとしての意味合いも大きく、気軽に参拝客が訪れている。 
神宮は地元の人に「鵜戸さん」と愛称され、風光明媚な国定公園日南海岸の一角にもなっている。


次回、「鵜戸神宮の写真集

  
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