平成日本紀行

日本一周の旅の記録を、各地ごとにまとめ記載しています、

平成日本紀行(146)鹿児島 「桜島」


.九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)




『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/





 平成日本紀行(146)鹿児島 「桜島」   ,





写真:錦江湾といまだ噴煙を上げる「桜島






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「わが胸の 燃ゆる想いに 比ぶれば 煙は薄き 桜島山」・・、

錦江湾(鹿児島湾)沿いの国道10号線に出たると、青藍の錦江湾に末広がりの「桜島」が眼前に現る。 

それにしても湾海上に無数の筏・生簀が並ぶ。 カンパチの生簀だという。 
カンパチはス-パ-の魚類コ-ナ-の刺身でお馴染みであが、昔から「マグロに飽きた、通が食べる刺身」と言われ、正面から見ると目の間に黒っぽく八の字の紋様が見えるため、「目の 間 に 八 の字」で間八、勘八・カンパチと言う名前になったと言う。 

はじめ、マグロの仲間と思っていたが実はアジやブリ属 に属する魚で、大きなものは体長が 1.5メートルと大きく小柄な女性の身長くらいある。 
南方系の魚で中国・海南島沖合いの稚魚を3月中旬~5月に捕獲して海面の生簀に入れ、1年後には2kgにも成長し、稚魚から1年半後の8月から水揚げされるという。


カンパチが育てられている錦江湾は、平均水温は22度と暖かく、南方系の海水魚であるカンパチは暖かい水を好むので育てるにはうってつけの漁場という。 
因みに、水温 13℃より下がると動きが鈍くなって死んでしまうデリケートな魚でもあるらしい。 

さらに、以外のことに錦江湾は潮流が早く、新鮮な海水が絶えず行き渡っていて天然プランクトンが豊富に流れ込み、餌は、鹿児島県特産のお茶(知覧茶)を配合しを使用しているという。
生簀の標準的な大きさは概ね縦、横、深さ8mの立法形で、鋼管で作られた枠に発泡スチロールなどの浮きをつけている。



大崎の鼻」という、一段と見晴らしの良い所へ来た。 
薩摩の象徴でもある「桜島」が迫力ある勇姿で眼前に迫る。

『 わが胸の 燃ゆる想いに 比ぶれば 
煙は薄き 桜島
  』  平野国臣 


筑前(福岡県)の勤皇志士・平野国臣(ひらのくにおみ)は、薩摩・西郷隆盛が最も敬愛する人物で、勤皇思想はもちろん詩歌人であり風流人であったという。

安政の大獄」が始まり、幕府の追求は朝廷工作に携わった僧・月照清水寺成就院住職)にも及んだ。 
西郷の依頼により、月照を鹿児島城下に逃亡させる役目を負った平野は無事薩摩城下に入ったが、幕府の探索を恐れた薩摩藩は彼らの受け入れを拒否した。 
西郷はやむなく月照と平野を引き連れ、一路日向に向けて鹿児島錦江湾の海に船を漕ぎ出した。 

平野は船中で笛を奏でていた。
船が錦江湾の沖合いを過ぎた時、突然、西郷と月照は二人で抱き合い寒中の海に身を投げた。 
数刻経った後、二人の体が突然海面に浮き上がり、平野らは二人を船に引き揚げ、二人を蘇生させるべく熱心な介抱を続けた。 
その結果、月照は絶命したが、西郷はすんでのところで息を吹き返したという。 

西郷の命が助かったのは、ひとえに平野の熱心な捜索と看病のお陰であり、命の恩人でもあった。 
この時の“身を切られる様な想い”を桜島に向かって詠んだ歌といわれる。


この「鹿児島」の命名は「桜島」に起因するという。 
古くは桜島のことを「鹿児ノ島」と呼んでいて、現在の隼人、国分などの錦江湾の北岸一帯も含めて「鹿児島郡」と成ったのは鹿児ノ島に由来するという。 

江戸期までは薩摩藩が通称であったが、明治初期の版籍奉還後に定められた正式名称が鹿児島藩であり、藩庁は鹿児島城(鹿児島市鶴丸)、藩主は島津氏である。 
外様大名でありながら、最高石高(表高で実際は半分程度ともいう)は90万石と加賀藩に次ぐ大藩を形成した。


鹿児島おはら節』 鹿児島県民謡

花は霧島 煙草は国分 
(ハ ヨイヨイ ヨイヤサ)
燃えて上がるは オハラハー 桜島 
(ハ ヨイヨイ ヨイヤサ)    
※以下、唄ばやし同様

見えた見えたよ 松原越しに 
丸に十の字の オハラハー 帆が見えた

薩摩西郷さんは 世界の偉人 
国のためなら オハラハー 死ぬと言うた


次回は、「西郷どん

  
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