平成日本紀行

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平成日本紀行(224) 富山 「越中・富山」


平成日本紀行(224) 富山 「越中・富山」 .





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富山駅前の「薬売り像」






国道8号線から神通川に架かる大橋を渡り、富山市内を目指した。
ノーベル賞田中耕一氏も富山市出身であり、質素倹約の富山県人のことは先に記したが、県人一般に言えることは勤勉で粘りつよく、合理性を追求する気質が伝統的に生まれ、真面目で向上心も強く、じわじわと立身出世する人が多いという。 

更に、金銭感覚に優れているため、今でも財界人や実業家として活躍する人が多いという。 
中でも富山といえば伝統的に「越中富山の薬売り」が知られている。 

拙宅にも一時置いたことがあり、会社の職場でも預託の薬を利用していたのを覚えている。 家々を回り、一軒ごとに薬箱を置いていき、半年・1年後に使用した分だけ清算するという商法である。 
ひたすら歩き回り、労力、根気の要る仕事だが、固定客を押さえれば何代にもわたって続けられる手堅さがある。 
その成功ぶりを嫉み、「北陸の浪速人」、「越中強盗」などと揶揄したり悪態をつかれた時もあったとか。


このように先に品物を渡しておいて後で料金を回収することを、地元では「先用後利」と称し、このシステム以外にも越中商人ならではの数々のユニークな創意や工夫がなされているという。 

薬を置く家の場所や家族構成、取引内容の履歴、集金状況などはすべて「懸場帳」(かけばちょう)と呼ばれる台帳に記録され、これによって在庫や資産の管理が完璧にでき、予測も出来る、現代風に言えば「顧客データベース」である。 ノーベル賞を受賞した田中氏も、几帳面さと先進的なアイデアを兼ね備えた薬売りの血を受け継いでいるのかもしれない。
これも富山人の気風であろう・・!。


その薬売りの元祖となったのが、富山藩二代藩主・前田正甫(まえだ まさとし)である。
時は元禄3年(1690)江戸城内において、岩城三春の藩主・秋田河内守が俄かの腹痛に苦しむのを見た正甫は、常備している薬「反魂丹」を印籠から取り出し飲ませたところ、忽ち(たちまち)のうちに痛みが治まったという。 

これを伝え聞いた諸国の大名が「ぜひ拙者の国にも広めてくだされ」と正甫に頼み、そこで正甫は領地から出て全国どこへでも商売ができる「他領商売勝手」を発布した。 
これにより反魂丹を製薬して諸国に広め、越中売薬の富山の薬が全国何処へでも売られる基礎を作ったといわれる。 しかも、代金は使用した分だけの後払いにしたという。

このような商売は外国ではまず見られず、売り手と買い手の信用に立った商売で極めて日本的な素晴らしい商売であり、今でも富山の置き薬の伝統は生きている。
尤も、「先用後利」のアイデアは富山には事情先例が有ったらしく、立山信仰の衆徒たちが経衣やお札を一定の宿に預け、時期後に使用分だけ代金を集金したことに発しているともいう。 

元より越中富山は立山信仰の他に、「真宗」の盛んな地でもあり、「薬売り」は御師と呼ばれる宗僧が布教職務を通じて、衆徒や人々に健康に付与することも仏に仕えることであると考えていた。 
配付した護符(神仏が加護して種々の厄難から逃れさせるという札、護身符、護摩札、おふだ)や薬の代金は冥加金(みょうがきん)として、時を経た後に徴収していたともいう。 
越中富山は、地元信仰と併せて人々の健康に貢献する為の薬の製造、販売そして集金の方法が下地として有ったのである。



富山駅前には、行李(こうり・若い人には判るかな・・?)を背負う行商・薬売りの像と、行商に土産として貰った紙風船と戯れる子供の銅像が建つ。 
この像にもあるように薬売りの商人は、行く先々で子供達に手土産を持ってゆき、子供はそれを楽しみにしていたらしい。 
現在、大相撲で多数活躍している「モンゴル」で、この「先用後利」の配置薬のシステムが取り入れられ、重宝がられ期待されているともいう。


次回、「越中守・佐々成政



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