平成日本紀行

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平成日本紀行(205) 敦賀 「原子力発電」


旅の諺  「東へ行った、西にも行った、やはり、わが家が一番だった」





平成日本紀行(205) 敦賀 「原子力発電」 .





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敦賀市にある高速増殖炉もんじゅ



敦賀へ来たら、もう一言書かねばなるまい、「原発」のことである

敦賀原発街道とも言われ、敦賀一帯は原発が多いところである。 
敦賀原発美浜原発、他・・、そして、高速増殖炉の『もんじゅ』と軒並み話題の多いところでもある。 

そして、「もんじゅ」は原子炉設備の疲労破壊で金属ナトリウム漏れが発生し、運転停止してからもう10年以上になるがまだ動かない・・!。



ここで高速増殖炉と「もんじゅ」について・・、

原子力発電の原料とされるウランには、燃え易いウラン235(0.72 %)と燃えないウラン238(99.28 %)がある。 
通常、ウラン235は容易に核分裂反応を起こすため、原子力発電に用いられている。

ところが、燃えないウラン238にも使い道があって、中性子を吸収することにより新しい燃料のプルトニウム239に変わる性質をもっている。

この性質をうまく利用し、消費した以上の燃料を作り出すのが増殖炉といわれる。 
即ち、プルトニウム239に効率よく変換することで、燃料を生み出すことができるという。 これを「増殖」といい、増殖によりウラン資源を有効利用できるとされる。

中性子の中に、エネルギー値の高い「高速中性子」というのがあり、これを利用してプルトニウムを更に「増殖」させることから、この原子炉を「高速増殖炉」と呼んでいる。 

燃やした燃料よりも多くのプルトニウムが炉内で生成され、つまり発電しながら燃料が増えてゆくわけである。 
この高速増殖炉を使うことによってウラン資源の利用効率が100倍以上と飛躍的に向上するともいわれる。

ウランを輸入に頼っている日本にとっては貴重な「国産燃料」が獲得でき、将来のエネルギー政策の本命と位置づけられている。 
現在、敦賀市で試運転中の『もんじゅ』と云われる原子炉がそれである。(現在は休止)


しかし、それには単純ではない問題がある・・!、
普通の原子炉(軽水炉)に比べて非常に危険で技術的にも難しく、費用も高くつくとされている。 
特に、冷却材として金属ナトリウムが使用されている。 

これは熱伝導率が良く、高速の中性子を減速させない特性があり、現在のところこの冷却材が最適とされている。 だが、ナトリウムは水と激しく反応し、発火性が高い欠点をもっている。 
実験・開発中の増殖炉型原子炉では事故や故障が相次ぎ、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなど、先進諸国もすべて開発を諦めたという。


ウランを燃やす過程で、燃料のプルトニウムが生成され増殖する高速増殖炉・・!、
即ち『もんじゅ』は、水と激しく反応する「ナトリウム」を冷却材に使用している。 
この原子炉は今だ研究開発の段階であるが平成3年4月、敦賀市に完成し、同6年4月に初臨界(原子炉内において核分裂連鎖反応が一定の割合で継続するようになること)を迎えた。 

しかし、この炉は平成7年12月8日、試験運転中に冷却管の温度計のサヤが折れて約640kgのナトリウムが漏れ、火災が発生するという事故を発生させた。 
この時、開発事業団の事故隠しや対応の遅れなど不透明性さが社会的批判を浴び、そのため現在は操業中止になっている。 


因みに『もんじゅ』の命名は、仏教の文殊菩薩に由来する。 文殊菩薩は「知恵の菩薩」とされる仏さんであり、高速増殖炉は高度な知恵が必要とされることから命名されたのであろうか・・?。


ところで、国内初となる原子の火が点ったのは半世紀前の1957年で、茨城県東海村に日本原子力研究所東海研究所の第1号原子炉において臨界に達してた。 
その後、石油危機を経て、電力供給の安定が求められ、原子力発電所の建設が相次ぎ、現在は全国で50基以上の発電用原子炉が運転しているという。 

その原発による電力量は日本の電力の約3分の1を占め、火力発電に次ぐエネルギー源となっている。 
その中にあって、特に、福井県若狭湾に面した一帯は、原発関係の設備が集中立地して原発銀座と言われるほど多く、関西電力の電力構成に占める原子力発電の割合が他社よりも高くなっているという。 

現在、敦賀に二基(二基増設計画)美浜町に三基、大飯町・高浜町に各四基の計13基、営業稼動中であるという。 
その中に高速増殖炉・『文殊もんじゅ』は、敦賀市敦賀半島北端部に位置する、日本原子力研究開発機構原子力発電所内にある。


次回は、「越前海岸