平成日本紀行

日本一周の旅の記録を、各地ごとにまとめ記載しています、

平成日本紀行(192)浜村 「貝殻節」



  平成日本紀行(192)浜村 「貝殻節」   .




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魚見台にある奇妙な「覗石」




鳥取市に入ったようである。
気高町と青谷町の町境、国道9号線沿いに「魚見台」と呼ばれる展望台があった。海に面した断崖上の高台にあり見晴らしは絶佳で潮風がすがすがしい。

白兎海岸・鳥取砂丘、遠くは但馬海岸まで一望でき、日本海は濃厚なブルーで180度の視界が広がっている。
園地には「魚見台」を刻した標石や何故か岩をくり抜いた「覗石」とやらもあった。
そして、ここ、魚見台には日本海沿岸の浜村、賀露、泊、妻波などに伝わるという「貝殻節」が有名で歌碑なども建っている。 

この展望地は昔、魚の(主にイワシ)の大群が押し寄せたときに、ここから漁夫が大声で知らせたことから、魚見台と名付けられたという。 
ほぼ真下に浜村漁港の波提が覗える。

この浜村地区には「浜村温泉」という山陰地方の歴史のある温泉もあり、美しい海辺に位置していて明治時代に開湯した付近の勝見温泉と共に、総称して「浜村温泉」と呼んでいる。 
近海の取りたての新鮮魚料理が堪能できるとともに、湯量が豊富な為、プール風の大浴場を持つ旅館も多いという 。 


この地方は、哀愁をおびた民謡「貝殻節」の発祥地としても知られる。
「貝殻節」の冒頭は「何の因果で・・・」で始まるが、実際に、この地方では何年かに一度、海岸地帯に「帆立貝」が大量に発生するという。 

沿岸の漁師達はこの時とばかり船を仕立てるが、荒れる波の上を漕ぎ手と漁具を操るのがなかなか大変らしく、この時の辛さを歌ったものという。 

伝説によると、因幡藩主の家来だった若侍が、土地の娘を身染めて漁師となり、馴れぬ手付きで貝殻漕ぎの船に乗り、櫓を漕ぐ重労働の辛さに「何の因果で・・・」と口走って溜息をついたという話もある。 

昭和8(1933)年「浜村音頭」として世に出したところ、大変な人気で、地元ばかりでなく、全国で唱われるようになり、潮の香りを漂わす節回しでしたので、曲名も元歌の「貝殻節」と呼ばれるようになったという。


貝殻節」  鳥取県民謡
何の因果で 貝殻漕ぎなろうた
カワイヤノー カワイヤノ
色は黒うなる 身はやせる
ヤサホーエヤ ホーエヤエー
ヨイヤサノ サッサ
ヤンサノエー ヨイヤサノ サッサ

戻る舟路にゃ 櫓櫂が勇む (繰り返し)
いとし妻子が 待つほどに (繰り返し)

忘れられよか 情もあつい
あの娘ァ 浜村 お湯育ち

浜村沖から 貝殻が招く
嬶よ まま炊け 出にゃならぬ

帆立貝なら 帆立てて行こよ
わたしゃあなたの 身を立てる


次回は、「因幡の白兎伝説