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平成日本紀行

日本一周の旅の記録を、各地ごとにまとめ記載しています、

20、世界遺産;厳島神社  「厳島神社と観音信仰」

世界遺産・安芸の宮島



  20、世界遺産厳島神社  「厳島神社と観音信仰」  




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 厳島神社は中国にモデルがあった・・!

中国南部にある普陀山。これをモデルにして厳島神社を造ったというのです。 その根拠はどこにあるのでしょうか・・?

中国の揚子江(現在の長江)の河口にある小さな島・普陀山、この地は仏教の聖地であり中国の人は、普陀山によくお参りにいくそうです。
普陀山には大きな観音様がたっていますし、中国仏教で最も知られている観音の聖地であり、分け隔てなく人々の祈りに応えてくれる観音信仰は、10世紀ごろから中国に広く浸透していたとされます。


実は厳島神社は、この普陀山がのモデルとされているのです・・?!。 
その証拠は厳島神社の中にあるのです。

清盛は神社を建てたのに、仏教の聖地をモデルにしたのは・・?、と不思議に思われますが、この疑問こそ厳島神社の謎を解く最大のポイントのなるのです。

本堂の真後ろの”不明門”(あかずのもん)を見ると、何と、清盛が壮大な夢を仮託した観音様が安置・奉納されていたというのです。
だが、今は別の場所に奉納されていて、この観音像こそ厳島の中腹にある大聖院というお寺に安置されているのです。

大聖院は、平安時代の初期(806年)に創建された厳島で最も古いお寺であり、本尊としてそこに十一面観音がありました。 そうなのですこの観音様こそ、奈良時代のものと伝えられています。清盛の時代は、神と仏が混合する神仏習合の時代だったのです。

どうして、清盛は観音様を信仰していたのであろうか、其れは観音様は昔から「抜苦与楽」(バックヨラクとは、仏や菩薩が衆生の苦しみを抜いて福楽を与えることをいう)、つまり清盛の時代は混乱の時代、この思いを込めて祈っていたとも言われているのです。

ところで、この観音信仰は仏教伝来から間もなくして飛鳥時代には大陸や朝鮮半島を経て日本へ入ってきます。 
奈良時代になっての観音信仰は国家仏教と一体となり、現世利益的観音信仰が主流を占めるようになります。 
そして9世紀前半、奈良時代から平安時代初期にかけて天皇家を中心とした国家の全盛期となり、主に貴族たちの現世利益的観音信仰への傾倒し、事あるごとに観音祈願して現世利益を得ようとした。
10世紀末以降には、京都や畿内を中心に観音像を安置する寺院が増え始め、貴族や民衆の参詣が流行し、このあたりから観音霊場を巡礼して験力をみがく、所謂、経験者による観音霊場めぐりも現れるようになります。



因みに、明治時代の初めに廃仏毀釈神仏分離令によって、現在のように神社や寺院は別物として仏教的なものと神事的なものはが分けられたが、ここ宮島も明治以前までは神仏習合の地、神の島でもあり、実は仏の島でもあったのです。

清盛の観音信仰は「平家納経」にも表れていて、一門が自らの祈りを込めて写経したものであり、その冒頭には清盛自身が記した「願文」があるのです。

そして、其処には、「当社は観世音菩薩の化身なり。」とあるのです。 
つまり、清盛が厳島神社を建てた理由は、観音への信仰だと思われるし、観音信仰が厳島神社普陀山を結びつけていると言われる所以なのです。


次回、  厳島神社と海上神殿」

  
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