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平成日本紀行

日本一周の旅の記録を、各地ごとにまとめ記載しています、

中国地方の旅・兵庫県: 播州赤穂 「大石神社と忠臣蔵」

兵庫県


 中国地方の旅・兵庫県: 播州赤穂 「大石神社と忠臣蔵」  ,




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赤穂城の傍らに、四十七士の像が整然と並ぶ「大石神社」





旅の記録;「日本一周」へリンクします

忠臣蔵」という言い方は、史学学術的な用語としては使用を避ける傾向にあるという・・、

坂出・児島ルートの瀬戸大橋から一旦、中国道より兵庫へ向かった。 其れは、四国へ渡るための明石から向かっていたので、未通部分がありそして憧れの姫路城を散見するためでもあった。

中国道の赤穂ICを下りて旧赤穂城を目指す、ご存知、「忠臣蔵」の赤穂城である。 ・Cから凡そ3km、海岸近くに赤穂城址があった。
その石垣跡は風雨に晒されながらも、昔の面影をしっかりと残している。そこに、丸みを帯びた石碑に「赤穂城址」とあり、すぐ横に説明用の看板があがっている。 

看板には『 赤穂城は生保2年(1645年)、浅野長矩の祖父・長直が常陸国・笠間から入府し、近藤三郎三衛門正純に築城設計を命じ、実に13年の歳月を費やし、寛文元年(1661年)完成したものである。 城郭の縄張りは・・、 昭和46年3月、赤穂城址は国の史跡に指定され、本丸等の整備が進められている 』とあり、城郭境内略図が記されている。 図によると、ここは「塩屋門」にあたるところのようだ。

奥の敷地には当時の赤穂藩士の屋敷跡になっていて、「片岡 源五右衛門」、「間瀬 久太夫」、「磯貝 十郎左衛門」、「大石 瀬左衛門」等、御馴染みの赤穂浪士の屋敷が点在する。更に奥の方に「大石神社」が在った、参道両側には大石良雄(内蔵助)を筆頭に四十七義士像が整然と並んでいる。 

城郭跡周辺には本丸表門、三之丸への大手門、三之丸に連なる二重の隅櫓等、整然と復元されている。
赤穂城周辺では、現在でも発掘調査が行われているという。
そして赤穂城(城址および復元城)は2006年には、財団法人日本城郭協会の選定する日本100名城に選ばれている。

この本丸表門から1701年(元禄14年)、家老・大石内蔵助を先頭に浅野家家臣団の一行が、播州赤穂・浅野家五万三千石の城を無血開城にて退出していったのである。 幕藩体制が安定しつつある元禄の世、突如として起こった大石内蔵助以下、赤穂浪士四十七士による主君の仇討ちは、ここから始まるのである。


  
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