読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

平成日本紀行

日本一周の旅の記録を、各地ごとにまとめ記載しています、

四国の旅・香川県: 讃岐善通寺 「弘法大師・空海」

 四国の旅・香川県: 讃岐善通寺 「弘法大師空海」  ,





http://4588.sitemix.jp/junrei/75/75V.JPG
善通寺本堂

https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcSDAk-zKUYkokHBWZjxUkR4-z5I2b4giZqUiEayldSZNIQvT6Y8Vw
善通寺弘法大師


http://www.himegin.co.jp/88/images/hachi/img-hachi-spot-temple75.jpg



旅の記録;「日本一周」へリンクします

四国の最後に弘法大師・「空海」のこと、

俗名は佐伯真魚(さえき まお)という、父は、讃岐の豪族である佐伯直田公、雅称・善通卿と称して寺院名、地域名の基にもなっている。

空海は「弘法大師」とも言われ、法師は日本の長い歴史の中で時代を越え、宗派を越え、過去も現在も超えて庶民に尊敬され、愛し続けられている人物と言われる。 

日本史上最大級の宗教家と言われる空海は西暦835年3月21日、(現代の彼岸の中日にあたるのも何かの縁か・・?)大聖地・高野山で死去している。



天安元年(857)、文徳天皇空海に「大僧正」の号を遺贈し、そして 更に延喜21年(921)、醍醐天皇空海に「弘法大師」の諡号(しごう・生前の行いを尊び死後に贈られる位号)を贈り、彼の遺徳を讃えた。 
歴史上、天皇から下賜された大師号は全27名に及ぶが、一般的に大師といえば殆どの場合、弘法大師を指すとされる。空海を知らなくても「弘法さん」、「お大師さん」を知る人は数多い。 

出家したのは20歳の時、はじめ教海、そして如空、やがて空海と名乗った。
空海」の名は、室戸岬の近くの御蔵洞という洞窟で自ら名乗ったことは先に記した。 

空海は31歳の時、遣唐使として私費留学生で中国へ渡り、この時、第2船には彼の生涯のライバルとなる「最澄」(さいちょう)も乗っていた。

最澄空海と違って当時既にかなり名を成しており、身分も国費留学生であった。
この時はまだ二人は出会っていなかった。 

留学中、長安・青龍寺の名僧・恵果(けいか)に出会い、密教を会得する。 


然らば密教とは何か・・・??、
一般には広い意味の釈尊の教えを顕教と言うのに対して、密教は、真理そのものの現れとしての大日如来が、究極の教えを示したものとされます。
師匠から弟子へ厳格なルールを持って、教えや作法が伝えられますが、其の教えは神秘的な宇宙的な要素が多く、非公開的な部分が多いとされ、此れが秘密の教えとなり密教とも言われているのです。

密教とは、大日如来を本尊とする深遠秘密の教えで、加持(かじ)・祈祷(きとう)を重んじる仏法として、7、8世紀ごろインドで起こり、唐代に中国に伝わり、日本には平安初期に空海最澄によって伝えられている。 

空海真言宗系を東密最澄天台宗系を台密とよび、対して通常の仏教を顕教(けんぎょう・密教と対比して、密教以外のすべての仏教を含む)と称している。  

こうして空海は、「修禅の道場」として高野山真言宗の法灯をかかげる。 
弘仁年間、空海40前後のときに自身と人々の厄難を除くため 四国霊場を開かれたと伝えられる。各札所の縁起にも弘仁年間の開創が記されている。 



一方では彼は中国で学んだ知識を活かし宗教家としてのみでなく、社会事業家、芸術家としても精力的に活動をしたのである。 

彼は書道でも非凡な才能を発揮、後に嵯峨天皇橘逸勢(たちばなのはやなり・平安時代の書家・官人)と共に三筆と呼ばれる。

周知の諺・『弘法、筆を選ばず』は空海のことで、すぐれた力量を持っている人は、どんな道具でもきちんと使いこなすことができるという意味である。 



空海の誕生地・「善通寺」と真言密教の根本道場とされる「京・東寺」(世界文化遺産)、そして空海入定(聖者が死去すること、入滅)の地・真言宗総本山「高野山」(世界文化遺産)を弘法大師・三大寺院と言われる。


次回からは、中国地方へ渡ります。




  
「日本の世界遺産の旅の記録」へリンクします




【小生の主な旅のリンク集】

《日本周遊紀行・投稿ブログ》
GoogleBlog(グーグル・ブログ)   FC2ブログ    seesaaブログ   FC2 H・P   gooブログ   忍者ブログ

《旅の紀行・記録集》
「旅行履歴」
日本周遊紀行「東日本編」   日本周遊紀行「西日本編」   日本周遊紀行 (こちらは別URLです)  日本温泉紀行 

【日本の世界遺産紀行】   北海道・知床   白神山地    紀伊山地の霊場と参詣道   安芸の宮島・厳島神社   石見銀山遺跡とその文化的景観   奥州・平泉   大日光紀行と世界遺産の2社1寺群   

東北紀行2010(内陸部)    ハワイ旅行2007   沖縄旅行2008   東北紀行2010   北海道道北旅行   北海道旅行2005   南紀旅行2002   日光讃歌



【山行記】

《山の紀行・記録集》
「山行履歴」   「立山・剣岳(1971年)」   白馬連峰登頂記(2004・8月)   八ヶ岳(1966年)   南ア・北岳(1969年)   南ア・仙丈ヶ岳(1976年)   南アルプス・鳳凰三山   北ア・槍-穂高(1968年)   谷川岳(1967年)   尾瀬紀行(1973年)   日光の山々   大菩薩峠紀行(1970年)   丹沢山(1969年)   西丹沢・大室山(1969年)   八ヶ岳越年登山(1969年)   奥秩父・金峰山(1972年)   西丹沢・檜洞丸(1970年)   丹沢、山迷記(1970年)   上高地・明神(2008年)

《山のエッセイ》
「山旅の記」   「山の歌」   「上高地雑感」   「上越国境・谷川岳」   「丹沢山塊」   「大菩薩峠」   「日光の自然」