平成日本紀行

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四国の旅・愛媛県; 伊予宇和島 「和霊神社」

 四国の旅・愛媛県; 伊予宇和島 「和霊神社」   、






和霊神社



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漁業を中心に広く産業の神として、中国、四国を中心に崇められている和霊信仰で、その総本山といえるのが、この和霊神社です。 此方の宇和島和霊神社は一藩士が神霊として祀られているのです

 
宇和島城の北・須賀川畔に高さ12mの石造りの大鳥居と夏祭りで名高い「和霊神社」が鎮座している。 
この神社は宇和島・伊達家に縁起するものであり、伊達家のみならず宇和島の守護神でもあるという。

南伊予(宇和島地方)の中世・守護(鎌倉、室町期)の時代は闇だったという。 
京の都から「西園寺」という食いつめ公卿一族が流れてきた。
一部の例外者を除けば、白粉を塗った中央官庁の役人が、南西の果てに流されてきて、土着の国、民に善政を施せる訳はなかった。 
鎌倉初期から室町末期(戦国時代)の凡そ350年間、西園寺氏から長宗我部氏の時代のことである。

戦国期、短期間ながら藤堂高虎が赴任した頃は築城もさることながら、まずまずの善政を執いたといわれるが、この前後の戸田氏や富田氏は、同様にいけなかったらしい。 領民は長年の悪性に荒(すさ)み、疲弊しきっていた。
戦国期も終わり、世は江戸期の安定期を迎えた頃の1614年、欧州の覇者・伊達政宗の嫡子・秀宗が、宇和郡十万石として赴任してきた。
宇和の疲弊し、荒みきっている事情を話に聞いて知った伊達政宗は長子・秀宗宇和島執政に当たり、仙台・伊達家家老団の一人・民生・財政に詳しく、正宗の信任厚い「山家 清兵衛」(やんべ せいべい)を抜擢し伴わせた。 

清兵衛は藩財政の苦慮する中、藩内には厳しく、領民には善政を施した。特に農民に対する徴税を出来るだけ安くし、租税能力のない者は機に応じて免除したともいわれる。
この時期、日本史上でも民政家・山家 清兵衛ほど一地域の民衆の間で、深く尊崇されている例は絶無であろうといわれる。


次回、和霊神社と竜馬

  
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