平成日本紀行

日本一周の旅の記録を、各地ごとにまとめ記載しています、

四国地方・高知県;土佐の南国市 「土佐の国司・紀貫之」




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 四国地方高知県;土佐の南国市 「土佐の国司紀貫之」  、





「人はいさ 心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に にほひける」(百人一首35より)




紀貫之は「土佐日記」に、この地で亡くした娘を思い、

『 都へと 思ふをものの 悲しきは 
帰らぬ人の あればなりけり
 』
と詠んでいる、


ここは四国・南国市の外れ、都会の田舎である。

昨夜、「ながおか温泉」に立ち寄ったが、「ながおか」という名称は、この周辺の小学校の建物などの一部に残るが、地域名、行政名としては既に無い。 

昔は長岡郡長岡村と称して、立派に存在していたが、町村の合併によって消失したらしい。 尤も、この地区の遥か北方、本山町、大豊町長岡郡として、僅かにその名残がある。


近郊北方に「比江」、「国分」といった地名がある。 

この地区は古代、土佐の都があった所だという。奈良時代、この地に国分寺が建立され、前後して土佐国府が置かれ、土佐の中心地となった。 

これに伴って、京と国府を結ぶ官道が、四国山地を横断する道や海路を辿る道とが開かれた。 


だが、都の人々にとって土佐は、あまりに遠く「遠流(おんる)の国」とされた。 
しかし、その都からの流人達が都の文化、芸術や学問をこの地に伝え、この国の歴史を造ったともいわれる。

平安時代には、紀貫之が「土佐日記」を著したことは有名である。 
しかし、この地に土佐守(土佐国守)として、赴任していたことは、あまり知られていない。 

土佐日記は、紀貫之国司の任期を終えて土佐の国から京まで帰京する途中に起きた出来事や思いを書いた日記である。


次回、土佐日記

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